貧困と市民社会

エチオピアのPRSPプロセスに関するコメント(要旨)

1. 全体の評価
アフリカ諸国は一般に、非常に中央集権的で、しかも都市に住む限られた人びとにしか公共サービスを提供してこなかったために、農村の貧困を悪化させ、国民の信頼を失ったと言われています。エチオピアでも、過去にそのような政策が採られた時期はあるのですが、現在の政府は農業生産を向上させ、農村を豊かにすることによって、経済成長を達成しようとしています。エチオピア政府はまた、地方政府への権利委譲にも熱心であり、ひとことで言えば農業開発と地方分権化が、エチオピア政府の基本政策であるといって良いと思います。エチオピアのPRSPには、これらの基本政策がよく反映されていますが、これは政府が、貧困削減について強いオーナーシップを有していること、そして政府の基本政策が、国際社会の承認を得ていることをあらわしています。

2. パートナーシップ
ただし、PRSPを実施するにあたって、気がかりな点がないわけではありません。政府と国際社会が基本政策で合意しているとはいえ、個別の政策で意見の食い違いが現れることもあります。教育セクターを例にとれば、エチオピア政府が高等教育や専門的な技術教育を重視してきたのに対して、ドナーの多くは初等教育の質を向上させることが必要だと考えています。PRSPの策定を急いだだめに、このような意見の違いを乗り越えるための話し合いが、十分におこなわれなかったという懸念があります。

3. 農業生産と市場価格
ところでエチオピアの貧困を改善する鍵は、人口の85%を擁すると言われる農村における貧困の改善、もう少し具体的に言えば、個々の農家の家計が豊かになることにあります。エチオピア政府は、農業生産を増やすことによって、この問題に立ち向かおうとしてきました。しかし自然条件が厳しいために農業生産が伸び悩み、毎年のように食糧援助を必要とする地域がある一方で、農業生産が増加している地域では、農産物の価格が急落して農家の家計を逼迫させる現象が報告されています。エチオピアのPRSPには、市場システムの整備によって、穀物価格の安定化を図るという記述もありますが、具体的にどのような体制を構築し、どの程度の価格を維持すればよいのか、さらに検討する必要がありそうです。

4. 市民社会の参加
それから、市民社会や地方自治体の参加の問題があります。別の言い方をすれば、エチオピアの貧困を削減するために、地域住民がどんな役割をはたしてゆくのか、ということです。これは貧困削減が、国家レベルの経済開発の問題であるとともに、個々の住民の家計であるとか、地域社会の豊かさの問題でもあることを考えれば、非常に重要な点だと思います。 PRSPの策定段階では、エチオピア政府の立場は一貫しており、連邦政府は、NGOや地方自治体の話をよく聞くけれども、政策の決定は連邦政府が責任を持っておこなう、というものでした。エチオピア以外の国、例えばザンビアなどでは、PRSPの草案づくりに、NGOの代表が深くかかわった例もあると聞いていますから、エチオピアのアプローチは、それとは少し異なっているようです。エチオピア政府はPRSP策定にあたって、多くの都市や農村で住民との対話を目的としたタウンミーティングを開催し、PRSPの趣旨を説明するとともに、住民の意見を求め、活発な議論がおこなわれたと聞いています。

ひとつ残念なのは、PRSPを見る限りでは、住民との議論の経過だとか、住民の意見がどのように反映されたのか、あまり明確ではないことです。エチオピアのPRSPは、すでに策定を終えて、実施とモニタリングの段階に入っていますが、モニタリングと評価の過程で、地域住民がどのような役割を果たすのか、ぜひとも明確にしてゆく必要があると思います。

とはいえ、地域社会の参加という意味で、注目すべき記述もあります。ふたたび教育セクターの例ですが、エチオピアのPRSPにはいわゆるノンフォーマル教育を推進するということが、明記されています。ノンフォーマル教育というのは、地域住民が中心になって、その地域の社会的文脈や環境にあった学習の場をつくってゆく、そしてそれを、NGOや地方自治体が支援してゆくという試みです。エチオピアにはノンフォーマル教育に積極的に取り組んでいるNGOがたくさんありますが、最近ではオロミヤ州(Oromiya Region)を始め、地方政府がノンフォーマル教育を積極的に支援するようになっていました。これがPRSPにも明記されたのは、特筆すべき進展だと思います。日本の開発援助機関やNGOも、こうした試みに積極的にかかわることで、エチオピアの貧困削減に貢献できると思います。

5. PRSPプロセスは日本の市民にどう理解されているか
つぎに、エチオピアの文脈から少し離れてしまいますが、PRSPが日本でどのように理解されているか、ということについて、簡単に触れたいと思います。日本ではこれまで、個別の開発プロジェクトを具体的に評価するのは、非常に難しいと考えられてきました。そのため、開発援助の成果について、市民に十分な説明がなされない場合がありました。PRSPでは、技術的に優れたモニタリングと評価の仕組みが用意されてるので、日本の開発専門家のなかにも、こうした点をもっと学ぼうと考えている人が、少なくありません。

他方で、アフリカの農村経済について調べている日本の研究者のなかには、PRSPの効果について悲観的な見通しをもつ人もいます。PRSPはいわば、アフリカをグローバルな市場経済へ統合する目標と、地域社会のレベルで家計を改善し、人びとの生活を豊かにする目標とを、同時に達成しようとする試みです。このような試みには多くの障害があって、PRSPのプロセスがそれを乗り越えるのは簡単ではない、という意見です。

エチオピアについて簡単な例を挙げると、エチオピアでは70万人を越える農民とその家族が、コーヒー栽培で生計をたてていると言われています。ところが、コーヒーの世界市場価格が低迷しているために、生産農家がコーヒーを売り渡すときの価格が、ここ数年で三分の一にまで下がってしまった地方もあると聞いています。そこで、こうした市場経済の作用に対して農家の利益が守られるよう、何らかの調整をおこなう仕組みが必要であるように思われます。