2003年5月5日
日本で暮らして24年。日本を離れて1年4ヶ月。生まれてこの方、服が破れたという記憶があるのは、5歳のとき。だだをこねて買ってもらったツーピースのスカートを、子供用の車に乗っていてからませ、穴をあけたときのこと。アップリケをしてもらい、その後もはいていた。それ以来、服なんて破れるなんて思っていなかった。

お気に入りのシャツだった。人に会うときや、少しちゃんとしなくちゃいけないときにしか着ていなかった。それでも、いつしか色もあせ、しみもでき、汚れていき、よそゆきではなく、ふだんぎに降格していった。そんなある日、ちょっと重いものをリュックに詰め、運ぼうとしたそのとき、肩にかついだその瞬間、「ブリッ」と音をたて、肩のところが破れたのだ。ショックだったが、思わず自分で笑ってしまった。「あ-----破れた-----!!」って。
服は破れるのだ。24年目に実感した。穴があいている服は恥ずかしい。そんな風に思って育ってきた。それに比べるとラリベラの子供たち。きちんとしたきれいな服がつまらなく見えるくらい、愛らしく着こなしている。お尻が見えたり、おなかがでていたり。生活をあらわしている。何もかもが平坦に整えられてしまった日本とは、一味も二味も違う生活。エチオピア人は日本人に教えることができる。穴が開いていたって、着れるんだよ、と。そして私も、彼らに伝えたい。ものを大切に扱う、という日本の古い習慣を。
|