どこでもファレンジ!

ファレンジ!

 挨拶代わりに多くのエティオピア人が外国人に対して訊くのが「How's Ethiopia?」である。私は、「エンジョイしているよ。"あれ"以外はね。」と答える。"あれ"との格闘は赴任以来、連日続いている。

 それは道端から飛んでくる野次である。赴任当初は、笑顔で「ファレンジ(アムハラ語で"外人")」と言われると、挨拶かなと思って、笑みを返したものだ。しかしこの4ヶ月間、道を歩く都度に様々な野次を浴びせられ、それが殆ど100メートル毎となると、もはや「野次くらい」と聞き流せず、私のエティピア生活のストレスの原因となった。

 最多の「ファレンジ!」を初めとして「チャイナ!」「ジャパン!」「コリアー!」が定番なのだが、「シスター」「マダム」「ミス」や、何故か「ブラザー」「サー」「ミスター」まで多種多様だ。路上でいきなり「Wait」「Come here」とか「Hey!」「You, you!」等と叫ばれると、思わず立ち止まりそうになる。といって、立ち止まって「何か用?」と訊くと、呼び止めた本人は急に恥かしがって口を閉じたり、「何でもない」と答えるのだから、訳がわからない。物乞いが「Money」や「Give me food」と言い寄ってくるのとは全く違うし、ラテン系の国で男性から女性に掛けられる声とも明らかに違う。

 目的が不明なのだ。こちらが振り向くまで野次はしつこく続く。ウォーターボトルを持って歩いていると「水くれ」から始まって「それはHIGH LAND(飲料水の商品名)か?」等と質問が続く。前を歩いていた人が、突然後ろを振り向いて、「はじめまして」と握手をして来て驚いた時もある。小・中学生は、特にしつこく追って来て、腕を掴んできたりする程悪質だ。ある協力隊先輩の場合は、彼らを警察に連行したり、親に会いに行ったりしたが、私は、そういう学生と出くわさない時間帯を選んだり、回り道をしているが、まるでストーカーに狙われているみたいで精神的に疲れる。そして最もぞっとするのが、男性からすれ違い様に「ファレンジ」とぼそっと言われたり、「I like you」などと囁かれる時だ。米国であればセクハラ裁判の種になっているであろう。

 セクハラ被害者が自責するように、もしかしたら自分の服装に問題があるのだろうかと考え込んだが、他の隊員達も経験しているからそうでもなさそうだ。とうとう外に出るのが億劫になり、先輩に相談すると、大半が「無視すればいい」としか答えてくれない。しかし中には「誰が言った?」と野次集団の中から犯人を捜しだして、説教する先輩もいると聞いた。「相手に通じなくてもいいから日本語で怒鳴り散らすことも有効で、相手をビビらす効果がある」と言う助言も受けた。どうやらこちらが強気に出て迫力を出せば、それ以上何も言わないらしいが、それも一時の沈静で、100メートル先には新たな野次襲撃が待ち受けているのだ。

 その内に、ある先輩が「うちらはパンダなんだよ」と言ったのには頷いてしまった。エティオピアは植民地化された経験がないため、外人が珍しいのだ。日本の道路でパンダが歩いていたら「あっパンダだ!」と思わず言うのと同じだとの解説だった。そうだ、要するに目立たなければ良いのだと思い、現地の女性が頭などから被っているナタラという1メートル程の白い布で上半身を隠す方法を選択した。一ヶ月ほどナタラを被り、サングラスを掛け、たまに排気ガスを避ける防塵マスクまで口にあてて過ごした。これじゃパンダ以上にインパクトがあるのだが、そんな姿に向かって「コンジョ!(美しい)」と野次を掛けられたら、もう、張り飛ばしたくなる。


ナタラをかぶった筆者

 地元の服装をしていても、外国人女性である事に気づかれないようにするのは至難の業で、僅かに露出している皮膚の色や歩き方等でばれてしまう。そしてエティオピア風外人だとばれてしまうと、相手は一層、興味を持ってきて、私のナタラを引っ張ったり、腕を掴んで、「現地語を喋れるのか」「コリアーじゃないのか」等と、尋問攻めにしてくる。これからの任期の2年間、外出する度に、こんな状態が続くのかと思うと心底、憂鬱になった。

 皮膚の色や髪の色の違いだけで来る日も来る日も煩わされると、人種で差別される人の気持ちが分かる気がする。しかし、今の日本でも外人を見た子供が「外人、外人」と指指している光景を見かける事もあるではないか。エティオピア人の同僚が、先進国に行った時、「黒人帰れ」と罵声を浴びせられた。エティオピアのヤジは単なる挨拶代わりだから可愛いものだと言っていたが、「外人」という言葉は、どの国で使われても、例え蔑視の気持ちが無くとも、言われた人に極めて不愉快な思いをさせる言葉だと気が付いた。ましてや人種差別という悪意をもって使われる時、言われた人をどれほど深く傷付けるのか想像に難くない。

 ある時、「ファレンジ」と、しつこく言う20代後半の男性がいたので、「もしもあなたのお母さんや姉が外国で同じ目に遭ったら不愉快でしょう」と諭した。すると数日後に彼は私の職場を探して謝罪しにやって来たのだ。ファレンジと言われて不愉快な思いをした私の気持ちを分かってもらえた事がとても嬉しく、救われた気がした。ボランティア活動に大いなる情熱を以って着任したエティオピアで、出会ったカルチャー・ショックが、まさか路上の野次だとは予想もしなかった。この伏兵の正体は、この国の歴史や文化を研究する線上に浮かび上がってくるのかもしれない。