南部エチオピアのオロモ系ボラナ社会の近代国家への包摂による社会と自然の変化 田川 玄 はじめに エチオピアという近代的な領域国家へボラナが包摂されることにより、ボラナの居住してきた自然環境と生業形態がどのように変化してきたのかを概観する。はじめにボラナ社会の概要を述べた上で、メネレク時代から現政権に至るまで、政権毎に国家の政策がどのように変化し、それに対応してボラナ社会がどのように変化してきたのかを、ボラナとのインタビューによって得た資料をもとに語る。 1.ボラナ社会の概要 1-1.基本概要 言語:低地東クシュ語族オロモ語方言。 人口:推定30万人。 行政地域:Oromo Region, Borana Zone 気候:大雨季ganna(3月から5月)、小乾季adolleessa(6月から8月)、小雨季agayia(9月から11月)、大乾季bonaa(12月から2月)。年によって気候変動が激しい。 景観:標高数百メートルから二千メートルまでの半乾燥地帯。1000m以上の地域によっては森林も存在している。それ以下のところではアカシア科の樹木と潅木が点在する高原と平原、および半砂漠。 野生動物:ハイエナ、レイヨウ類、シマウマ、ヒョウ、ジャッカル、キリンなど。減少傾向にある。 1-2. 社会構造 外婚半族(Sabbo, Goona):政治的な単位ではない。 父系クラン(gosa, mana, balabala):基本的な政治単位。最終的な井戸の所有権と家畜の管理権を判断できる。牧草地に対しては排他的な権利をもたない。 ガダ体系:世代組(luba)と階梯の複合体系。 年齢組体系(hariya):8年毎に発足。 カッル(qallu):五つのクランにのみにある世襲の役職。 1-3.生業形態 牧畜:ボラナが伝統的な生業形態と認識する。ウシ、ヤギ、ヒツジ、ラクダ、ウマ、ラバ、ロバ。都市付近ではニワトリ。ウシとヒツジ、ウマ、ラバの価値は高く、ラクダは低い。 農耕:デルグ時代に導入される。トウモロコシ、小麦、大麦、テフ、ソルガム、豆類。トウモロコシと豆類、ソルガム、大麦は主に自家消費される。テフ、小麦は商品作物。 商業:家畜の肥育などを行なう。家畜の中でも主にウシとヤギ、ヒツジが売買の対象となる。デルグ時代以降に導入される。 1-4.居住形態:数戸から数十戸によって(olla)を構成する。有名な長老が「村の父abba olla」と呼ばれる代表者となり、その村も彼の名前にちなんで「だれだれの村」と呼ばれることが多い。 1-5.近隣諸民族 都市民:Burji, Amhara(Sidama), Gurageなど。 農耕民:Konso, Burji, Bacho(Oromo), Guji, Arusiなど。 牧畜民:Gabra, Garri, Dogoodiなど。 1-6. 自然資源の利用 牧草:家畜の飼料。家屋の材料。 樹木:村落地域でボラナは薪として使われる。近年には建築資材として使われる。 水:天水による貯水池と地下水の井戸。人間と家畜の飲用。貯水池は大乾季に干上がることが多い。水は大乾季の最も深刻な問題となる。 2.近代国家への包摂の過程 2-1.アビシニア帝国による征服 19世紀末のメネレク2世による支配とそれに続く帝政。 「クラン毎にアムハラ人が支配した」。賦役と家畜の徴収。"galla"の時代。この時代については、支配者の苛酷な要求とボラナの従属が語られる。 →英国植民地であったケニアへの避難と移住。 現地人行政官職balabata:二人のqalluとその一族による外婚半族毎の支配。行政官職もまた世襲。 2-2.第二次世界大戦以降のハイレセラシエ時代:地方行政の近代化(Helland 2001:63) 現金による徴税の開始。家畜が徴税の対象となる。 「徴税の対象となる家畜をごまかした」。 その一方で横暴なアムハラ人の行為が語られる。 2-3.デルグ時代の政策:近代国家への本格的な包摂。 2-3-1.行政政策 waradaとqabaleという行政区分の整備。 ボラナ人行政官の登用。 定住化政策。農耕の推進。「デルグは農耕を好んだ」。 徴税は家畜もしくは農地に課せられる。 牧草地リザーブの導入:牧草地の減少への対応策。政府主導によってグジで行なわれていた慣習を導入した。地域によって管理される。 徴兵。学校教育の開始。 2-3-2.環境政策 野焼きの禁止:重罰の対象。→牧草地の疲弊を招く。環境の劣化と景観の変化。 土木機械による貯水池の掘削→周辺への定住化傾向増大。 2-3-3.関係する社会変化 人口増加:近代西洋医療の導入。 家畜の増加:近代西洋獣医学の導入。商業牧畜の開始。 商品経済の拡大 2-3-4.近隣民族の侵入と拡大 エチオピア・ソマリ戦争:ほとんどのボラナ居住地がソマリによって蹂躪される。 デルグ崩壊後の無政府状態における近隣諸民族との戦争:町周辺への避難。 →ボラナの領域縮小と有効資源からの排除。定住化の促進。 2-3-5.ayyaanaカルトの流行:ayyaanaという憑依例信仰。特徴は憑依例が「外国語」を話し、「外国人」の振る舞いをすること。この時代に大流行するが間もなく廃れた。 →ボラナ社会が大きな変化に直面したことを示す。 2-4.現政権:前政権の政策の継続とボラナの近代国家への統合の強化。 2-4-1. 行政政策 オロモ州ボラナ行政区への併合。周辺地域が削られる。 基本的な行政区分は引き継がれる。waradaはanna、 qabaleはgandaという名称に変更。区割りはそのまま。 ganda(qabale)の下位行政区分qaxanaの設立→国家への統合強化。 ボラナ人行政官の欠如:デルグ政権下のボラナ・エリートの放逐。現政権からボラナはOLF支持者という疑いを受ける。 政府のボラナに対する不対応:旱魃時の援助、Garriなどとの紛争調停において明確化。→政府とボラナとの相互不信。 NGOの活動強化:政府の不対応。特に1998年から1999年の旱魃を機に急増。 2-4-2. 環境変化と社会変化 農耕地域の拡大:農耕不適地域以外はすべて農耕を開始。良好な牧草地は農地となる。→牧草地の減少と疲弊を招く。 →農地は私的所有:土地に対する新しい所有形態と労働形態の発生。 ←→家畜の所有形態とは異なる。 牧草地リザーブの管理強化:qaxana単位による管理。会合ではqaxanaの長bulchaが議長的な役割を担う。→定住的傾向と行政単位による 徴税の多元化:農地と家畜の双方になされる。 学校教育の重要性の認識拡大 おわりに 近代国家への包摂と環境劣化、社会変化は密接に関係している。どれを取り上げても他の事柄と切り離して語ることはできない。現在のボラナの状況は近代的な領域国家の枠組みにそったものである。それは政権の交代を通して、さらに強化されている。この状況は隣接民族においても同様であり、自然環境の厳しい国境付近の周辺地域の袋小路において相互に競合することになる。 現政権により民族単位の行政区分が成立した。ボラナはオロモ州に組み込まれ、名目的にボラナ行政区を与えられた。その結果、ボラナの居住区に点在していた相対的な少数民族や隣接民族への政治的な圧力が生じ、排他的な民族アイデンティティの確立と行政領域への主張とが結びつくことになる。これは、それまではゆるやかな支配従属あるいは敵対関係にあったとはいえ、自然資源を共有してきた民族間関係の崩壊、あるいは資源共有の可能性の否定を意味し、自然資源をめぐる紛争は新しい国家政治の民族の領域区分の枠組みによって語られ争われることになる。昨年10月に勃発したGarriとBoranaの紛争がこれを示す。 一方、ボラナの自然環境、生業形態と生活形態は国家の政策にそって変化してきた。ボラナ自身の語るところによれば、昔は人口と家畜数が疎らで、大乾季の終わりに野焼きを行ない良好な牧草地を再生させた。こうした時代はボラナが豊かであった時代として語られる。この時代の決定的な終焉は、デルグ時代に求められる。この時代は、ボラナの近代領域国家への本格的な包摂の時代であるとわたしは考えている。それは良くも悪くも政府がボラナの自然環境の管理に干渉をはじめた時代である。皮肉なことにこの時代は政治的にはボラナにとって良好であり、さらにいうと人口増加と家畜の増加はボラナが望んでいたことには違いない。しかし、それは現在の環境と政治の文脈では否定されるべき事柄になってしまった。 定住化、農耕化、商業牧畜と現金経済の浸透、人口増加と家畜の増加、牧草地の疲弊、貧富の差の明確化、近隣諸民族との紛争といった現象は、エチオピアという近代的な領域国家へのボラナの包摂の過程から生じてきたものである。残念ながら現在のところ、これ以上のことをわたしは語ることができない。同様にこのように近代国家において周縁におかれた牧畜民について、明るい未来像を語る人は少ないように思われる。それでは、環境と社会のあり方について、どのようなことを語る人類学者は語ることができるのであろうか。少なくともわたしの語ったボラナの社会変化と環境の変遷は、はじめから近代的な領域国家の枠組みを前提としたものである。したがって、その語り方は近代国家の枠組みをこえることはできないように思われる。このような枠組みをどのようにこえて語ることができるのかであろう。 参考文献 Helland, J. 2001 "Participation and Governance in the Development of Borana: Southern Ethiopia" in African Pastralism, eds. Mohamed Slih, M.A., Ton Dietz and Abdel Ghaffar Mohamed Ahmed, pp.56-80. Pluto Press: London.