2008年05月02日

前髪のない神様 [コメンタリー]

旅先で広げた新聞に、うしろ髪のない神様についての話が載っていました。幸福の女神には、後ろ髪がない。幸運は先回りしてつかまないと、通り過ぎたあとで後ろからつかまえることはできない、というあれです。

そして、日本のある有能な技術者は、「女神の前髪をつかみなさい」と言うのが口癖であったそうです(2008年4月18日付産経抄)。残念ながらぼくにはその手の想像力が欠けているらしく、どうやって先回りしたらよいのか、そもそも幸運の女神がどんな姿をしているのか、見当もつきません。前髪のない男なら、どこにでもいるのですが。

決して揶揄するつもりはなく、誰かが先回りして何かをつかむことが、人類に大きな幸運をもたらす場合があることは確かです。

例えば医療の分野では、何人かの研究者が女神の前髪をつかんだおかげで、抗レトロウイルス療法というものが確立され、HIV/AIDSは「死の病」ではなくなった。体内のHIVを駆逐することはできないけれども、薬を飲んでいればHIVに感染した状態のまま、ずっと長く生きることができるし、非感染者と全く同じではないにせよ、大きくは違わない日常生活を送ることができるようになりました。デンマークでは、25歳の感染者の余命が、1995-6年(治療が確立される以前)には7.6年であったのが、治療が確立された2000-5年では32.5年にまで伸びたという研究があるのだそうです(詳しくはこちら)。

抗レトロウイルス治療のおかげで、感染者はもはや「死を待つ者」ではなくなり、HIV/AIDSは「一生つきあう病」のひとつになった。そうだとして、ではある人が感染者として、どのように生きてゆくのか、また昨日まで人類の敵とされたウイルスと共存してゆくという経験は、どのような経験なのか、それはやはり、誰かがその経験を生きた後でないとわからないのかも知れない、と思います。それを先回りして、あなたは感染者だからこう生きるべきだ、とは言えないこともたくさんあるように思います。

ぼくらに生き方を教えてくれる神様がいるとして、彼は幸運の女神とは逆に、先回りしたらたぶんつかまえられない。通り過ぎた後で、後ろから追いかけるしかないのかも知れません。生き方の神様がいるとしたら、おそらく彼には、前髪がないはずです。

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