2007年01月25日

ぼくらの四日間戦争 [エチオピア]

久間防衛相が、イラク戦争の開戦について「(ブッシュ米大統領の)判断が間違っていたと思う」と述べたのだそうです。誰もが思っていることとはいえ、立場が立場だけに大ごと…と思いきや、安倍首相も「(個人的な)感想を述べられたのだろうと思う」と、他人行儀なコメントで済ませる様子です。

過去の人となりつつあるブッシュ大統領に、今さら気を遣っても仕方がないということでしょうか。落ち目の時にも、それなりに威厳を保てるかどうかは、その人が得意の時代に、他人に何をしてきたかで決まるようです。

とはいえ、そんなブッシュ大統領にも、まだ友人はいます。例えばエチオピアのメレス首相は最近、ブッシュ大統領が掲げる「対テロ戦争」の最も忠実な実践者として、隣国ソマリアの内戦に介入しました。

ソマリアは10年におよぶ内戦ののち、2000年8月に暫定政府が発足していますが、この政権は実際には、ソマリア全土の支配を回復するにはほど遠く、首都モガディシュでは、原理主義的な思想を持つ「イスラム法廷連合」(UIC)が急速に勢力を伸ばしていました。

この状況をエチオピアへの脅威と見なしたメレス首相は、「イスラム法廷連合」をテロ勢力と断定し、エチオピア軍はソマリア暫定政府と協力して、法廷連合を駆逐する軍事作戦を展開しています。昨年12月25日、バイドア(エチオピア国境に近いソマリアの町)から進軍を始めたエチオピア軍とソマリア暫定政府軍の地上部隊は、同月28日までに、モガディシュ市街を制圧することに成功しました。

これはいわば、2003年3月に始まったイラク侵攻での、「有志連合」軍の迅速な作戦遂行を彷彿とさせるような、軍事的な勝利でした。ソマリア侵攻の進捗を報じた、エチオピアの民間紙のなかには、「四日間戦争(Four Day War)」という見だしを掲げたものもありました。

メレス首相は12月27日の記者会見で、「ソマリアの国民はエチオピア軍を歓迎している」と述べ、「作戦が完了すれば、エチオピア軍はすみやかにソマリアから撤退する」と約束しました。

しかし実際には、エチオピア軍は現在もソマリア国内に駐留しており、モガデシュでは、エチオピア軍の撤退を求める市民のデモも行われているようです。またエチオピア国内でも、「対テロ戦争」への参入は、国民をいたずらに危険に晒すものだという批判が強く、また軍事介入にまわす予算があるなら、貧しい国民の生活を支援すべきだという意見もあります。

そもそも「イスラム法廷連合」は、エチオピアの国民にとって、それほど危険な「テロ組織」だったのでしょうか? これは「サダム・フセインは、大量破壊兵器を使って他国を攻撃しようとしていたか」という問いと同じくらい、微妙な問題であったように思います。それでもメレス首相が軍事介入を強行したのは、エチオピアのある野党議員の意見では、「国民の不満をそらすため」です。

メレス首相は、英国のブレア首相が提唱する「アフリカ委員会」に名を連ねるなど、国際的に高く評価された政治家であり、少なくとも2005年5月までは、アフリカの民主主義を推進するリーダーのひとりだと見なされてきました。

ところが2005年5月に実施された総選挙にともなう混乱のなか、市民のデモに向けて軍が発砲し、多くの犠牲者がでたうえ、野党のリーダーらが投獄される事態となり、エチオピアの民主化に期待を寄せていた人たちは、一様に落胆しました。

メレス首相に同情的な見方をするならば、選挙が混乱を招いた原因は、与党と野党の双方で、話し合いよりも力づくの解決を好む強硬派が勢いを得てしまったことであって、メレス首相の意図した結果ではありません。しかしいずれにせよ、選挙のあと、メレス首相をアフリカ民主主義の旗手とみなす人はいなくなりました。

メレス首相の真意は誰にもわかりませんが、仮に彼が、民主的な選挙の失敗で凋落した政治家としての評価を、「対テロ戦争」で取り戻せると考えているのならば、その賭けがエチオピアの国民に良い結果をもたらす可能性は、決して高くないように思われます。

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