2006年05月21日

脱構築せよ [コメンタリー]

阪神タイガースの星野SDは、よほど村上ファンドのことが腹にすえかねるらしく「ホリエモンは捕まって、何であの人は(検察に)呼ばれないんや。同じようなことをやってるのに…」という、かなり無茶なコメントをしています。

阪神電車の株を買い占めたからと言って犯罪者扱いはどうかと思いますが、しかし「村上ファンドはぼくらの阪神タイガースを奪おうとしている」みたいな、関西地方にばくぜんと広がっている(それ自体はやっぱり無茶な)心情は、ぼくじしんも共有しないわけではありません。

もちろん、「金にものを言わせるやりかた」そのものは、いつの時代にもあるし、それはむしろ大阪商人の伝統的なアイデンティティでもあるので、ことさらに村上ファンドを目の敵にするのは筋が通らないといえばそれまでです。

しかし村上ファンドに反発しているのは、なにも星野SDや阪神電車の経営陣だけではなく、阪神グループの労組が、ストライキを検討しています。さらに全国の私鉄やバスの労働組合でつくる私鉄総連(約230組合、組合員約10万人)は、それを全面的に支援する方針なのだそうです。

投資家の論理を強く主張する村上ファンドに対して「企業は投資家だけのものではなく、そこで働く人たちのものでもある」という立場から反論することは、理にかなったことだと思われます。全面支援というなら、阪急電車も一緒に止めてしまうくらいの気合いで臨めばよいでしょう。

もちろんじっさいには、「村上ファンドが悪で、労組が善」というような単純な図式がなりたつはずもなく、これまで経営者と労組が一体となってつくりあげてきた企業社会にも、いろいろと問題があることは否定できないでしょう。ぼくじしん、会社人間にはなりたくないという強い決意を持ったこともありました。

とはいえ、ほんとうの問題は、古い企業社会が「脱構築」されたとして、その先にぼくらは、どんな社会で生きてゆかねばならないのかということでしょう(写真の書籍の内容は、この記事とはあまり関係ありません。でも本の帯に書かれたフレーズが面白い)。

例の「人の心はカネで買える」という有名なことばに代表されるような考え方が、常識とされるような社会には、決してしたくない。堀江貴文氏と村上世彰氏が同じ思想を共有しているかどうかはさておき、台頭してきた「勝ち組」(の新自由主義的な世界理解)への不信感が、彼らを排除しようという動きの背後にあると考えるのは、あながち的はずれでもないように思います。

かつての企業社会は、必ずしも能力だけでひとを判断せず、なおかつ生涯の生活を保障するという、すぐれた面があったとも言われます。そういった良い伝統を護るためにも、ここらで拝金主義的な風潮を食い止めておかねばならないというわけです。

ただし考えてみれば、「かつての企業社会」は、おおくの企業戦士を切り捨てたリストラの時代に、すでに崩壊しているのであって、それを推しすすめてきた(あるいは容認してきた)人たちが、いまになってホリエモンや村上ファンドを排除しようとするのは、やはり筋が通らないというか、たんに「出る杭は打たれる」という話になってしまっているような気もします。

nishi makoto

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