2006年05月01日
ロックンロール最高 [日常のできごと]
所属している大学院で先日、新入の院生による恒例の「自己紹介ゼミ」がおこなわれました。
それぞれの持ち時間はわずか十分で、そのあいだに各々の人となりや研究テーマ、それになぜこの研究科を志したかということまで説明しなければならないのですが、みな手際よく印象的な自己紹介をするので、長々と退屈な話をしがちなじぶんを省みて恥ずかしくなります。
その一方で、彼らが話す端々から、これからの人生をどういう風に方向づけてゆけば良いのか迷っていることが伝わってきて、かつてのじぶんの姿に重ねあわせると共感にたえないというか、笑ってしまうというか、なかなか複雑なきぶんになります。
なかに学部生の一時期、バンド活動に熱狂したと語る人がいました。彼によれば、ロックンロールということばには重要なメッセージが込められており、ロックンロールの「ロック」は、じぶんがじぶんじしんであることをあらわし、同時に「ロール」は、みんなを巻き込んでゆくさまをあらわしているのだそうです。
それは確かに素晴らしいですが、よく考えればだいぶ矛盾したメッセージでもあります。その矛盾に耐えられなくなったためかどうかは知りませんが、彼のバンドは程なくして解散してしまったと言います。
その彼がいわく、大学院への進学を決断したのは「本を読むことが苦痛に感じられるようになったとき」だったそうです。たしかにここの研究科は、書物から得られる知識よりもフィールドワーク(現地調査)を重視する伝統がありますが、それでも本を読むことが苦痛になったから学問を志したというのは、奇異なことに思われます。
もっとも「じぶんがじぶんであること」と「みんなを巻き込んでゆくこと」との両立という、きわめて大きな矛盾を引き受けようとしたロックな彼のことですから、大学院というちいさな世界の中で、書物に向きあう苦痛くらい軽々と乗り越えてゆくに違いありません。彼らがこの先、どのような問題に取り組んでゆくのかを考えると、頼もしい限りです。
nishi makoto
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