2006年04月18日

三尸の虫と庚申講 [リポート]

人間の体内には三匹の虫がおり、彼がおかす罪科を、常に監視しているのだそうです。その虫は六十日にいちど、人間の体を抜け出して天帝のもとへゆき、その罪科を逐一報告するのだと言います。

これを三尸(さんし)の虫といい、ようすれば監視カメラのない時代に、権力者が民衆を「監視」するための装置であったのでしょう。三尸の虫が恐れられたのは、その報告を受けた天帝が、罰として人間の寿命を縮めてしまうためです。

ところでこの虫は、決まって庚申(かのえさる)の夜に、人間が寝静まったところで体を抜けだすのだと信じられていました。庚申というのは、干支と十干を組み合わせた暦のひとつです。そこで昔のひとたちは、庚申の日だけ寝ずに夜明かしすれば、虫が体を抜け出せないため、長生きすると考えました。

ただし、ひとりで夜明かしするのは辛いため、庚申の夜に村人が集まり、酒食をともにしながら夜明けを待ちました。これを「庚申待ち」と呼び、またその集まりは、庚申講(こうしんこう)と呼ばれました。一晩だけ眠気を我慢すれば、それに先んずる五十九日間の罪科が忘れ去られるというのは、いかにも民衆的な発想ですが、またそれを村人が示し合わせておこなうというのが、何とも良いです。

庚申講を三年続けると、記念に塔を建立するのが習わしだそうで、長野の松代(まつしろ)という町のはずれにある集落では、道ばたに並ぶ庚申塔がみられます。「松代文化財ボランティアの会」が執筆したガイドブックによれば、昭和55年にも多くの塔が建立されたとありますから、最近まで活動が続いているようです。

参考文献:松代文化財ボランティアの会編著『ボランティアガイドのすすめる松代見て歩き』

nishi makoto

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