2005年12月07日

サンタが街にやってくる [コメンタリー]

松任谷(荒井)由実がつくった「『いちご白書』をもう一度」という曲があります。この曲について驚くべきは、三行目の「悲しい場面では涙ぐんでた」という歌詞です。小学生の作文のように、表現がそのままです。

どうせ、ばんばひろふみが歌うからと手を抜いたのでしょうか。しかし、パブロ・ネルーダが言っているように、詩はメタファーです。泣くときに「悲しい」と言ってしまったら、それはメタファーではありません。「凍えそうなカモメ見つめ泣いていました」とか、それくらいのことは言わなければ、詩ではないのです。

ところが松任谷由実は、1980年代になるとマーケットを意識したキャッチーなテーマの作詞を手がけ、時代のトレンドリーダーと呼ばれます。要すればバブル期の日本において「詩はマーケットに敗北した」ということでしょうか。

そういえば「恋人はサンタクロース!背の高いサンタクロース!」という例のやけくそのような歌詞が、今年も街で聞かれる季節になりました。仮にじぶんの彼女が、近所の小さい女の子に「もうじき私のサンタさんが迎えにくるのよ」みたいな妄言を吹き込んでいたら、死んでしまいたくなります。ピチカート・ファイヴみたいに、「冬の日の曇り空を見上げると死にたくなる」のだったら詩的ですが、サンタさん呼ばわりされて死にたくなるのは詩ではありません。

もちろんこの歌詞は、メタフォリカルに解釈することもできます。つまり世界中のこどもたちにプレゼントを与えるサンタクロースを夢見るのではなくて、自分だけにプレゼントをくれる恋人を求めるようになることが、女として成長することなのだという暗喩なのです。ただし「女として成長する」とかいうのは安っぽい精神分析家の虚言であって、要するにどの男がプレゼントを調達すべきかというだけの話です。

いうまでもないことですが、サンタクロースはプレゼントの調達係などではありません。秋田に「なまはげ」がいるように、ドイツには「ブラックサンタ」がいて、悪い子の部屋には石炭が投げ込まれ、もっと悪い子の部屋には、豚の内臓がぶちまけられるらしい。よい子にはご褒美、というサンタクロースの思想は、権威に従わないものには恐ろしい罰があるという、たいへん重要なメッセージとともに語られるべきものなのです。

nishi makoto

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