2005年10月08日

嫁にはやらん! [日常のできごと]

同じ大学院に在籍していた友人に娘が生まれたのですが、まだ二ヶ月にしかならない時に「この子は嫁にはやらん!」と宣言したらしいです。見れば、確かに可愛い赤ちゃんですけど、その話はまだちょっと早いんではないでしょうか。

そういえば、何年もまえの話ですけど、アジスアベバで一緒に仕事をしたことのある友人が、結婚を控えて相手の女性のご両親と顔あわせをすることになりました。彼と彼女は当時、ロンドンで生活しており、ご両親がわざわざ日本からやってきて、市内のレストランで食事ということになったそうです。

食事会はつつがなく終わりましたが、注文しすぎた料理が、たくさん余ってしまいました。そこで彼はいつものように「ドギーバッグ」にしてくれと店員に頼みました。持ちかえりのために、残った料理を包んでくれということですが、ロンドンでは店員のほうから「ドギーバッグにしますか?」と尋ねることもあるくらいで、わりと普通のことなのだそうです。

ところが彼女のお父さんがこれを見て「いまどきしっかりした青年だ」といたく気に入ったようです。彼の評価は急上昇し、その日のうちに「娘をよろしく」ということになったのだとか。彼は狐につままれたような気持ちになったようですが、それを聞いた僕も不思議に思い、「人生、何が幸いするかわからないね」と話し合った覚えがあります。

いずれ僕も、誰かに結婚を申し込むときの参考にしようと思ったので、その話はずっと覚えていたんですけど、どんな些細なことでも気に入られるきっかけにはなるんだ、くらいに解釈していました。じっさい、ドギーバッグひとつでお許しがでるなら安いものです。

いや、その「些細なこと」が大切なんじゃなくて、問題はほかにあるんだということが、うすうすわかってきたのは、ごく最近になってからです。父親にしてみれば、たとえ生後二ヶ月のときに「嫁にはやらん!」と誓った娘でも、やがて結婚相手を連れてきます。それは決して些細なことではありません。娘と過ごした歳月を思えば、相手がどんな男かは問題ではない、ただとても、賛成する気持ちにはなれない。

しかし同時にお父さんは、決して反対できないこともわかっています。「許さん」とか口走ったり、相手の男に難癖つけようものなら、娘はきっと父を恨むようになるでしょう。そして結局は、彼女が選んだ相手と結婚するでしょう。結果が同じならば、せめて可愛い娘に恨まれないほうがいい。

そんな葛藤のなかで食事会に臨む父は、きっと食べ物もろくに喉を通らないでしょう。料理がたくさん余ってしまうはずです。はじめて会ったその青年が、どんな男かもわからないうちに、時間は過ぎていく。それはいちど食事をしたくらいで、娘の相手にふさわしい男かどうか、わかるはずがありません。いやそうではなくて、相手がどんな男であれ、いまの状況には納得がいかないのです。

しかし娘に嫌われないためには、何よりもじぶんを納得させる必要があります。どんなことでもいい、この食事会が終わるまえに、目のまえにいるのが「どこかの馬の骨」とかではなくて、娘にふさわしい人間だと信じさせてくれるような、確かな証拠が欲しい・・・・・・え、その料理、包んでもらうの? いまどきしっかりした若者だ。娘をよろしく。

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