2005年08月15日
恋愛頭脳 [コメンタリー]
遅いかもしれませんが、恋愛観のレベルを心理学的に分析してくれるという「恋愛頭脳」を試してみました。簡単な質問に回答するだけで、たちどころに判定が返って来ます。結果は高校生レベルでした。
ムッとしてもういちど試したら、先生レベルになりました(なりそうな回答を選んだだろう、とか言わない)。これは非常に好感の持てる恋愛観のレベルらしく、「あなたが特定の誰かと恋愛観で衝突するとすれば、それはおおよそ相手の恋愛観が歪んでいると思われます」という太鼓判を頂きました。
どうやら、これまで「恋愛頭脳」を訪問したひとのデータがすべて蓄積されていて、それにもとづいて「最適」な恋愛観が判定されるらしい。要するに、他人と同じなら良し、違えば変態ということでしょうか。
しかし考えてみると、標準と判定されたから何かの役にたつわけではありません。この分析結果を印刷して彼女につきつけ、「見ろ、俺の恋愛観が標準なんだから、おまえが歪んでいるんだ」と主張したら、間違いなく別れられるでしょう。もし別れられるかわりに、「私が歪んでました、これからは標準になります」と謝られたら、こっちが別れたくなります。
つまり僕たちは、心理学者と付き合っているのではありません。目のまえにいる相手と、どのように折りあいをつけ、よい関係をきずいてゆくか、ということが問われているのであって、どっちが標準なのかが問題なのではありません。それに、パートナーや友人として「標準的なひと」を求めているわけでもありません。
ではどんなひとを求めているのか。標準でなくても良いから、極端でも良いから価値観が一致することが大切だという考えかたもあります。しかし、価値観さえ一致すれば、どんなに極端でも良いというわけでもありません。
例えば、死んでゆくひとの苦悶の表情を見たいという願望を持っているひとと、強い自殺願望を持っているひととが出会ってしまったとして、ふたりの価値観はある意味で一致しています。しかしその出会いは、とりわけ自殺サイトで出会ってしまったばあいは、決して良いものであるとは言えないでしょう。一致は、必ずしも良いものではありません。むしろ問題は、その極端さをどうするか、つまりこのばあいで言えば、どうすれば死ななくてもすむのか、また殺さないですむのか、ということです。
それほど物騒な話でなくとも、誰しもじぶんの中に、他人を傷つけるような極端さとか、あるいは傷つけられるような変さがないと言いきれるひとは少ないでしょう。必要なのは標準化ではなく、一致でもなく、そのようなずれのうえに、どうやって良い関係をきずいていくかということです。
なお恋愛頭脳は、恋愛観のレベルを14段階で評価してくれます。先生レベルは上から4番目です。上から2番目の聖人レベルと評価された人もいるようです。
nishi makoto
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