2005年08月02日
パラサイト・ワイフ [コメンタリー]
専業主婦は、男性に依存した生活に甘んじる「過去の女性」なのか。あるいは三食昼寝つきの家政婦なのか。自称フェミニストの中には、依然として専業主婦という生き方を非難することが、じぶんの役割だと思っている人もいるようです。
専業主婦の是非をめぐる議論は少なからず複雑なものでしたが、しかし五月の税制調査会で、専業主婦を社会の寄生虫(パラサイト・ワイフ)呼ばわりする発言があってから、思いがけず話がわかり易くなってきました。
この発言は、きわめて当然ながら世の中の主婦の怒りを買っています。わざわざ言うのもばからしいですが、専業主婦は寄生虫ではありません。戦後の日本社会では、専業主婦が夫に依存しているのと同じ程度に、夫は(したがって企業および国家は)主婦に依存してきたのです。
ここで誤解をおそれずに言えば、自立などという概念はまやかしに過ぎません。つまり専業主婦が依存した女で、働く女が自立した女だという考え方は、間違っています。なぜなら、誰もが誰かに何らかのかたちで依存しながら、生活しているからです。いったい誰かに頼らずに生きてゆける人がいるでしょうか? したがって問題は、誰が誰に依存しているかではなく、互いに頼りあう関係が、どのような力と結びつけられているかです。
たとえば、よく知られているように、多くの社会で「男の労働」には給与が支払われるのに、「女の労働」には給与が支払われない傾向があります。
少し話がややこしくなりますが、無償の労働をおこなっていること自体は、女性が蔑視される原因ではありません。貨幣の対価を求めない労働はむしろ、尊いものとされるばあいもあります。したがって、専業主婦の問題は、必ずしも労働が評価されていないという問題ではありません。
問題は、貨幣にコミットする権力です。つまり夫に支払われる貨幣は、法律で所有権が手厚く保護されている財産であるのに対して、女性の労働には、そのような保護がない(すくなくとも曖昧である)ことです。平たく言えば、給与は「俺の金だ」と主張できるし、もし盗まれても警察や裁判所の助けを借りて取り戻すことができますが、「女の労働」は、盗まれたと主張することすら難しい。というか、どれくらい働いたかもよくわからないので、「三食昼寝つき」と言われても返すことばがない。このことが専業主婦の立場を弱くしてきました。
したがって、女性が「男の労働」に進出することは、女の立場を強くするためのひとつの方法ですが、専業主婦のままでも立場を強くする方法はあります。これは家事や子育ての労働に対する金銭的な報酬を認めるというもので、例えば「年金分割法」はそのひとつです。
ここで整理しておくと、専業主婦という立場は、決して寄生虫ではなく、必ずしも社会的に評価されないわけではなく、単に(貨幣や権力との関係で)弱いのです。いや、単に弱いのでした、というべきでしょうか。パラサイト・ワイフという発言には、専業主婦の立場を弱いだけでなく、社会的に評価されないものにしようという意図があります。この発言をしたのは政府税制調査会の某委員ですが、彼は社会にでて働き、子供を生み育て、そして料理もちゃんとする女だけが、政府として評価に値する女なのだと言っているわけです。
なぜ評価に値するのか? それはある意味で「自立した」女だからです。いや、「都合のよい女」というべきでしょうか。女が社会にでて働くようになれば、会社は男に対する給与を下げることができるし 〔家族賃金の廃止〕、解雇だって遠慮する必要がありません 〔終身雇用の廃止〕。だから女にもどんどん働いてもらいたいけど、少子化対策として子供もどんどん生んでもらわないと困るし、家事も手を抜くなよ、ということなのです。
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nishi makoto
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