2004年11月16日
どこまで近づけばわかりあえるのか [日常のできごと]
国籍とか肌の色とか文化が違っても、お互いに深く共感できる時があります。例えばこのあいだ知り合ったエチオピアの友人は、彼女の誕生日に仕事で会えなかったうえ、電話することも忘れていたらしく、あとで「私は誕生日に泣いて過ごしたの」と厳しく責められたそうです。それで僕が似たような失敗をしたことを話すと「そうかお互いに苦労しているのだな!」という話で共感し、さらに「女性にとって誕生日とは何なのか?」という話で意気投合しました。
別の友人はある日、ぼそりと「今朝は妻と喧嘩してきた」と話し始めました。結婚している男の話はなんだか深刻です。事情を聞くと、「妻が娘の誕生日パーティを準備するのに、1,500ブル必要だといい始めて、そんな金はないと言ったら大喧嘩になった」のだそうです。
1,500ブルと言えば、アジスアベバでは大卒の初任給よりも多いくらいです。彼はよほど腹に据えかねたらしく、「だいたい女は目先のことしか考えないので困る」と、ぶつぶつ言っています。この発言はあまり政治的に正しくないように思われたので、「ちかごろ男と女の平等ということが言われているようだけど」と僕がたしなめると、彼は「男と女はいろいろ違うのだから、等しいなんて言えない」と言って取りあってくれませんでした。
もっともエチオピアの女性も、男のことをけなし始めたらかなり手厳しいようです。ある既婚女性は「エチオピアの男は口ばかり達者で仕事をしないから困る」と言ってはばかりません。彼女の夫は銀行の支店長にして、この言われようですから、彼よりも不幸な男が妻からどんな評価を受けているのか、恐ろしくて想像もできません。
国籍を越え距離を越えてわかりあえる友情もあると言うのに、一緒に住んでいる男と女がこれほどにも理解しあえないものなのか。ただ考えてみれば、男の気持ちを完全に理解してくれる女性がいたとして、そんなひとと一緒に暮らすことが幸福かどうかはまた微妙なところです。あなたの言っていることは良くわからないと(ときどき)言ってくれるひとが近くにいることが大切なようにも思われます。
nishi makoto
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コメント
男性と女性が分かり合うためには、常に努力をしていないと難しいと思います。将来はどうしようかなぁなんて考える就職活動の類が、私の周りでは流行っているけど、色んな人と話をしていて男性と女性の違いで最近分かったことがあります。男性は夢を追いかけて、女性は安定した生活を大切にするってことです。だからついつい彼が「エチオピアに行く!!」とか言い出すとブーブー言いたくなるんだよね。
でも私が心がけ始めたのは、私の周りの人に彼のことを悪く言わない事です。これをしていると自分も気持ちがスッキリします。
男女の違いを理解したうえで、相手の気持ちに立って考えてみて、ほどほどに「あなたの言っていることが分からない」と言うようにします。
投稿者 megumi : 2004年11月20日 22:13
