2004年09月16日

極東の記憶 [エチオピア]

エチオピアでよく知られている古い歌謡曲に、日本のことを歌った歌があります。

極東で過ごした時
日本の女性を愛した
私は朝鮮の戦争に赴いたが
彼女のことを愛してしまった
甘い記憶がある
極東で過ごした時

概ねこんな詩なんですが、ここで歌われている戦争とは、1950年に始まった朝鮮戦争のことです。エチオピア政府はこの戦争で、国連軍に兵士を派遣しました。戦線に赴く直前、日本に滞在したエチオピア兵が日本の美しい女性に恋をした、というのが歌の設定です。

戦場の悲惨さに、恋の記憶を重ねあわせた話は、ちょっとまえの映画にもあったし、珍しくはありません。けだし、多くの犠牲者をだした朝鮮戦争を下敷きに、日本での甘い恋を歌うことも、エチオピアの人たちにとっては、極東の美しい記憶に他ならないのでしょう。

極東の戦争は決して、エチオピアの国民生活を脅かしたわけではありません。エチオピア政府が朝鮮半島に派兵したのは、国連軍を率いる合衆国との同盟関係を構築することが目的でした。兵士は皇帝の期待に応えて、勇敢に戦ったと伝えられています。

アジスアベバには、コリア地区(korea sefer)と呼ばれる一角があります。朝鮮戦争から帰国した兵士が、その辺りの土地を皇帝から賜って住んだので、そんな地名がついたそうです。彼らは手厚い恩給とは無縁らしく、非常に貧しい暮らしをしている家族が多いと聞きます。

もうずいぶん前に、あるNGOがコリア地区の生活環境を改善するためのプロジェクトを実施し、日本政府に支援を要請したことがあるようです。極東の戦争に出征し、忘れられた兵士とその家族のために、その戦争で復興をとげた政府の支援を届けるなんて、美談のようでもあり悪い冗談のようでもあります。

nishi makoto

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