2004年08月12日

須坂の豪商 [リポート]

長野市から見て千曲川を挟んだ対岸に、須坂市があります。ここに滞在した折りに、田中本家博物館を訪れました。田中本家は、須坂の町で江戸中期から続く豪商です。

パンフレットによれば田中本家は、享保18(1733)年に「穀物・菜種油・煙草・綿・酒造業など商いを始めて以来、代々須坂藩の御用達を勤めると共に名字帯刀を許される大地主へと成長し、幕末には士分として藩の財政に関わる重責を果たし、その財力は須坂藩を上回る北信濃屈指の豪商になった」そうです。

田中本家の財力は、大正から昭和初期に至っても健在だったようで、当時の子供服や玩具の展示が目を惹きます。可愛い洋服や帽子、クレヨンなどは、すべて東京三越の通信販売で取り寄せたものだそうです。ほかにもセルロイドの金魚とか、西洋風のミニチュアの食卓、それに東京で出版された子ども向けの雑誌などがあって、もし東京の子どもたちと遊んでも、話が合わないということはなかったでしょう。

田中本家の商売はのちに没落したため、荒れかけていた旧宅を改修して、現在のような博物館にしたのだそうです。展示室をでると、京都から職人を呼び寄せて作らせたという庭園があります。この美しい庭園は、天明の飢饉のあと救荒を兼ねて造営したということです。

天明の頃の須坂の農民の暮らしがどんなだったか、不勉強で知りませんが、同じ信州でも新潟県境に近い秋山郷などは、かつて天明・天保の飢饉で三つの集落が滅んだといいます。焼き畑や平家伝承で知られる秋山郷は、いわゆる「山の民」が拓いた地域だということです。

nishi makoto

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コメント

地元住民より物知り風で分かりやすい説明じゃないですか〜。今度は勉強をして秋山郷へも足をのばしましょう!!

投稿者 megumi : 2004年08月13日 20:48

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